注文紳士服店を営んで30年、私は数え切れないほどのブラックスーツを世に送り出してきました。私がお客様に常に説くのは、葬儀のための1着こそ、その人の品格が最も試されるという点です。ビジネスシーンでは個性を主張することが美徳とされることもありますが、弔事においては、いかに自分を背景へと消し去り、故人への哀悼を際立たせるかが重要になります。そのために必要不可欠なのが、究極の黒、すなわちスーパーブラックと呼ばれる深い発色です。この色を実現するためには、原毛の選定から始まります。細くしなやかなメリノウールを用い、特殊な加工で繊維の表面に微細な凹凸を作ることで、光の反射を極限まで抑えるのです。これにより、曇天の下でも、人工的な照明の下でも、変わることのない純粋な黒が維持されます。また、仕立ての技術においても、ブラックスーツには一切の妥協が許されません。襟の返りの美しさや、胸元のボリューム感、そして何より重要なのが、長時間の着席や立ち仕事でも型崩れしない芯地の選定です。葬儀は長時間に及ぶことが多く、遺族であれば数日間着続けなければなりません。そのような過酷な状況下でも、常に端正なシルエットを保ち続けるスーツこそが、本物の礼服と言えるのです。最近では、ポリエステルを混ぜることでシワになりにくさを謳う安価な製品も多いですが、やはりウール100パーセントが醸し出す品位と通気性には敵いません。夏用であれば平織りのトロピカル、冬用であれば綾織りのフランネルといった具合に、季節に合わせた素材を選ぶことも、故人への気遣いの一環です。私が手がけたブラックスーツを纏ったお客様が、式を終えて「安心して送り出すことができました」と報告に来てくださる時、この仕事の真の価値を感じます。服装に不安がないということは、心に迷いがないということです。不測の事態はいつ訪れるか分かりませんが、だからこそ、最高品質のブラックスーツを常に準備しておくことが、成熟した大人の義務だと私は考えます。その黒は、悲しみを包み込み、遺された者の新しい歩みを静かに後押しする力を持っているからです。職人として、糸の1本1本に弔いの意を込め、袖を通す人の心が整うような、究極の1着をこれからも追求し続けていきたいと思っています。