数年前、父が他界した際、私は初めて喪主側の立場として葬儀のすべてを取り仕切ることになりました。それまで何度も参列者として葬儀に出ていたつもりでしたが、いざ自分が主役の1人となると、身だしなみの1つ取っても正解が分からず不安になったことを覚えています。葬儀社の担当者から「喪主様は最も正式な装いをお願いします」と言われ、貸衣装のモーニングコートに袖を通したとき、担当者の方が私の胸ポケットにスッと1枚の白いハンカチを差し込んでくれました。それが私と、弔事における胸ポケットのハンカチとの本格的な出会いでした。それまでは、胸ポケットのハンカチは結婚式などの華やかな場所で使うものだと思い込んでいたのですが、葬儀、それも格式の高い式においては、胸元に白いラインがあることが、最高の敬意の表れなのだと教わりました。そのハンカチは綿ではなく、少しシャリ感のある上質なリネンでした。担当者の方は「これは涙を拭くためのものではありません。故人への誠実さを示すための、武士の裃のようなものです」と説明してくれました。確かに、鏡の中に映る自分の姿は、胸元に一筋の白があるだけで、どこか引き締まり、深い悲しみの中にも凛とした強さが宿ったように感じられました。式が始まると、多くの参列者の方がいらっしゃいましたが、中には私と同じように胸元を整えている方もいれば、そうでない方もいました。どちらが正しいというわけではありませんが、胸ポケットにハンカチを差している方の姿からは、この日のために時間をかけて準備をしてくれたという真心が伝わってくるようでした。葬儀でのハンカチは、決して目立ってはいけません。高さはわずか1cm、形は真っ直ぐな水平。その控えめな主張が、日本人が大切にしてきた「慎み」の精神を体現しているのだと、父を見送る中で実感しました。実用性だけを考えれば、ハンカチはポケットの中に隠れていれば十分です。しかし、あえて見える場所に整えて置く。そのひと手間こそが、言葉にできない想いを形にするための大切な作法なのだと学びました。以来、私は知人の葬儀に参列する際も、必ず白いリネンのハンカチを丁寧に折り畳み、胸元に差すようにしています。それは父が教えてくれた、最期の別れの場を大切にするための自分なりの儀式なのです。
父の葬儀で知った胸元の白い布が持つ意味