20歳という節目の年に、私は初めて祖父の葬儀で受付という大役を務めることになりました。これまでは参列者として親の後ろについていくだけでしたが、父から「おじいちゃんの最期の門出だから、受付としてみんなを迎えてやってくれ」と言われ、身の引き締まる思いでした。葬儀当日、私は大学の入学式で新調した黒のスーツに身を包み、葬儀場の入り口にある受付デスクに立ちました。開式1時間前から、祖父の友人や昔の仕事仲間、近所の方々が次々と訪れました。最初は「この度はご愁傷様です」と言われても、どのような言葉を返すべきか分からず、ただ「ありがとうございます」と繰り返すばかりでした。しかし、隣で手伝ってくれた従兄弟と役割を分担するうちに、少しずつ落ち着きを取り戻しました。香典を預かり、芳名帳を差し出し、返礼品を渡すという一連の流れの中で、私は祖父がいかに多くの人々と繋がっていたかを知ることになりました。ある年配の男性が「君が〇〇さんのお孫さんか。おじいさんには本当にお世話になったんだよ」と涙ながらに語りかけてくれたとき、私は受付としての責任とともに、祖父の血を引く者としての誇りを感じました。香典袋の文字は、達筆なものから少し震えるような手書きのものまで様々で、1つひとつの袋に込められた故人への想いの重さを、自分の両手で直接受け取る感覚は、何物にも代えがたい経験でした。途中、受付が非常に混雑し、列ができてしまったときは焦りましたが、葬儀社のスタッフの方のアドバイス通り、1人ひとりに「お待たせして申し訳ありません」と目を見て伝えることで、混乱なく進めることができました。数時間の勤務の中で、足の疲れも感じましたが、それ以上に、祖父を慕って集まってくれた人々の温かさに触れ、心が満たされていくのを感じました。葬儀が終わった後、父から「よくやってくれた。おじいちゃんも喜んでいるよ」と言われたとき、私は少しだけ大人になれたような気がしました。受付という場所は、生きていた祖父と、今を生きる人々が交差する、とても神聖な場所なのだと学びました。これからの人生で、誰かの葬儀に参列する際も、あの日の受付で感じた「想いを受け取る重み」を忘れることはないでしょう。孫として、祖父の最期の儀式の一部を担えたことは、私の20年間の人生の中で最も深い記憶の1つとなりました。
20歳の大学生が初めて経験した祖父の葬儀受付体験記