母が亡くなった後、遺品を整理していると、寝室の小さな引き出しの奥から、一枚の保険証書が出てきました。それは、母が晩年、私たち子供に内緒で加入していた、月々千円ほどの小さな葬儀保険のものでした。証書を見つけた時、私は正直、少し驚きました。母はどちらかというと、保険に対して懐疑的で、「そんなものに入るより、コツコツ貯金した方が確実だ」と常々言っていたからです。その母がなぜ、と不思議に思いました。証書と共に、母の丸みを帯びた字で書かれた短いメモが添えられていました。「これは、私からの最後の心遣いです。金額は小さいけれど、葬儀の足しにしてください。あなたたちに、お金のことで苦労はかけたくないからね。最期くらい、親らしいことをさせてください」。そのメモを読んだ瞬間、私の胸に熱いものがこみ上げてきました。母は、決して裕福ではありませんでした。自分のためにはほとんどお金を使わず、いつも私たちのことを第一に考えてくれていました。その母が、毎月千円というお金を、私たちのために、自分の死後のために、コツコツと支払い続けていてくれた。その事実に、私は言葉を失いました。保険金として受け取った数十万円は、確かに葬儀費用の大きな助けとなりました。しかし、私にとって、その証書が持つ本当の価値は、金額ではありませんでした。それは、最期の最期まで、子供のことを案じ、負担をかけまいとした、母の深い愛情の証そのものでした。私たちが悲しみに暮れる中で、お金の心配をせずに父との別れに集中できるよう、母は静かに道筋を整えてくれていたのです。月々千円の保険料。それは、母が私たちに遺してくれた、計り知れないほど温かく、そして重い、最後のラブレターだったのかもしれません。