先日、亡くなった祖父の三回忌の法要が、故郷の実家で執り行われました。祖父が亡くなってから、丸二年。正直に言うと、都会での忙しい日々に追われる中で、祖父のことを思い出さない日も増えてきていました。法事の案内状が母から届いた時も、「また休みを取って帰省しなければならないのか」と、少しだけ億劫に感じてしまった自分を、今では恥ずかしく思います。法要の当日、実家の仏壇の前には、久しぶりに会う叔父や叔母、従兄弟たちの顔が揃っていました。読経が始まり、線香の香りが部屋に満ちると、私の心は不思議と静かに落ち着いていきました。焼香をしながら祖父の遺影を見つめていると、子供の頃、優しく頭を撫でてくれた、大きくて温かい手の感触が、ふと蘇ってきました。ああ、おじいちゃんは、本当にここにいたんだな、と。胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じました。法要の後のお斎(会食)の席は、思い出話に花が咲きました。叔父が、若い頃の祖父の豪快な飲みっぷりの話をすれば、叔母が、祖母にだけ見せていたという照れ屋な一面を披露し、皆で大笑いしました。私が知らなかった祖父の姿が、次々と語られていきます。それは、まるでバラバラだったジグソーパズルのピースが、一つひとつ嵌っていくように、私の心の中の祖父の像を、より豊かで、より愛おしいものに変えてくれました。従兄弟たちとも、昔話で大いに盛り上がりました。夏休みに、祖父に連れられて川遊びに行ったこと。お正月に、皆でカルタ取りをしたこと。普段はなかなか会えないけれど、私たちには、祖父という共通の、かけがえのない思い出がある。その事実が、私たちの繋がりを改めて強く感じさせてくれました。法事を終え、帰りの新幹線に乗りながら、私は思いました。法事とは、故人を偲ぶためだけにあるのではない。それは、故人が遺してくれた「家族」という宝物を、皆で再確認し、磨き上げるための時間なのだと。祖父は、亡くなってからもなお、私たち家族を一つに繋いでくれている。そのことに気づけた、本当に温かい一日でした。
祖父の三回忌で感じた家族の絆