先日、85歳で大往生を遂げた父の葬儀において、私たちは家族全員で1枚の大きなメモリアルボードを作り上げました。無口で不器用だった父でしたが、趣味の登山に関しては情熱的で、家の中には父が山頂で撮影した何百枚もの写真が保管されていました。葬儀社の担当者から「お父様らしさを伝えるコーナーを作りませんか」と提案されたとき、私たちは迷わず、父の登山の記録を中心にしたボードを作ることに決めました。準備を始めたのは通夜の前夜でしたが、アルバムを広げるとそこには私たちがまだ生まれる前の、若かりし頃の逞しい父の姿がありました。1960年代のモノクロ写真の中の父は、重そうなリュックを背負って仲間と共に穂高の連峰を背景に笑っていました。その1枚の背景にある物語を想像するだけで、胸が熱くなるのを感じました。私たちは、1枚1枚の写真を年代順に並べるのではなく、あえてテーマごとに配置することにしました。中央には一番新しく撮影された、孫たちに囲まれて照れくさそうに笑う父の遺影予備軍の写真を置き、その周囲を山、仕事、家族、そして晩年のガーデニングといったカテゴリーで彩りました。ボードの余白には、父が愛用していた古いピッケルや、使い込まれた登山靴を立体的に配置できるよう葬儀社の方に工夫していただき、視覚だけでなくその場の空気感も父の色に染め上げました。葬儀当日の朝、完成したボードを斎場のロビーに設置すると、驚くほど多くの参列者の方々が立ち止まってくれました。父の仕事仲間だった方は、山の写真を見ながら「現場でもこの根気強さでみんなを引っ張ってくれたんですよ」と懐かしそうに語り、近所の方は「あんなに素晴らしい趣味があったとは知りませんでした」と目を細めていました。私たち遺族にとっても、参列者の皆様が父のボードを見て微笑んだり、時には涙ぐんだりする姿は、これ以上ない慰めとなりました。自分が知っている父はあくまで人生の一部分であり、ボードを通じて多様な父の姿が再統合されていく過程は、まるで父がもう一度私たちに「俺の人生は悪くなかったよ」と語りかけてくれているような感覚でした。葬儀を終えて数日が経ちますが、あのボードを自宅に持ち帰り、今は居間に飾っています。メモリアルボードを作るという行為は、単なる葬儀の演出ではなく、残された私たちが故人の人生を肯定し、その想いを引き継いでいくための心の橋渡しになったのだと痛感しています。1枚のボードには収まりきらないほどの思い出がありますが、そこに凝縮されたエッセンスは、これからも私たちの家族の絆を繋ぎ止めてくれる大切な宝物です。もし身近な方を亡くされた際、形式的な葬儀に不安を感じているなら、ぜひ手作りのボードを作ることをお勧めします。手を動かし、写真を選び、言葉を添えるその1分1秒が、あなた自身の悲しみを癒やす最高の処方箋になるはずです。