葬儀が終わり、日常生活が戻ってくると、私たちは故人の死という現実から目を背け、悲しみに蓋をしてしまいがちです。しかし、節目ごとに訪れる「法事」という儀式は、私たちに故人と再び向き合う時間を与え、遺された者の心を癒す上で、非常に重要な役割を果たしています。法事は、単に決められた時期に行う宗教的な儀式というだけではありません。それは、遺された私たちが、故人との関係性を再構築し、悲しみを受け入れていくための、巧みに設計された「グリーフケア(悲しみを癒す作業)」のプロセスなのです。葬儀直後の私たちは、故人の「不在」という喪失感に打ちのめされています。しかし、初七日、四十九日、一周忌と法事を重ねていく中で、私たちの心は少しずつ変化していきます。法事の準備のために故人の遺影を選び、親戚に連絡を取り、お供え物を用意する。その一つひとつの行為が、故人との思い出を呼び覚まし、対話を促します。そして、法要の当日に親族や友人が集まり、故人の思い出話を語り合う時間は、何よりの慰めとなります。「あの人は、こんな人だったね」「昔、こんなことがあったね」。そうやって語り合うことで、故人はただ「いなくなってしまった人」ではなく、「私たちの心の中に生き続ける、温かい思い出を持った人」として、その存在感を新たにするのです。それは、物理的な不在を、精神的な存在へと昇華させていくプロセスと言えるかもしれません。また、法事は、家族や親族の絆を再確認する場でもあります。普段は疎遠になりがちな親戚が、故人を偲ぶという一つの目的のために集い、互いの近況を報告し、支え合う。故人が、その死後もなお、私たちを繋ぐ「縁」となってくれていることに気づかされます。法事とは、故人のためだけに行うものではありません。それは、遺された私たちが、悲しみを乗り越え、故人との新しい関係を育みながら、前を向いて生きていくために不可欠な、心の拠り所なのです。