葬儀の会場に足を踏み入れた瞬間、私たちの鼻腔をかすめる、独特で、どこか懐かしく、そして心を鎮めてくれる香り。それは「香(こう)」の香りです。仏教において、香を焚くことには、非常に深い意味があります。それは、仏様や故人への最上のお供え物(仏様の食事)であると同時に、その香煙が、儀式の場を隅々まで清め、私たちの心身の穢れを祓い、邪気を払うと信じられています。この神聖な香を焚くために用いられるのが、「香炉(こうろ)」をはじめとする、焼香のための仏具です。祭壇の中央に置かれる香炉には、大きく分けて二つの種類があります。一つは、お線香を立てるための「線香立て(または香炉)」で、中には灰が入っています。もう一つが、私たちが焼香の際に用いる「焼香炉(しょうこうろ)」です。焼香炉の中には、火の点いた「焼香炭(しょうこうたん)」が置かれており、その上に、細かく刻まれた香木である「抹香(まっこう)」をくべることで、豊かな香りが立ち上ります。私たちが焼香台で手にするのは、この抹香です。抹香は、主に白檀(びゃくだん)や沈香(じんこう)といった香木を粉末状にしたもので、その高貴な香りは、私たちの心を俗世の喧騒から切り離し、静かな祈りの世界へと誘います。この焼香炉と抹香、そして焼香炭をまとめて置くためのお盆を「焼香盆(しょうこうぼん)」と呼びます。また、自宅などで、より手軽にお香を楽しむための、蓋に透かし彫りが施された美しい香炉を「聞香炉(もんこうろ)」や「空薫(そらだき)用香炉」と呼ぶこともあります。お通夜の間、線香の火を絶やさないように、渦巻き状の長時間燃焼する線香が用いられることもありますが、これも故人への供養と、場を清め続けるという大切な役割を担っています。香にまつわる仏具は、目には見えない「香り」という媒体を通じて、私たちの祈りを故人の魂や仏様の世界へと届け、この世とあの世を繋ぐ、神秘的で、そして温かい架け橋の役割を果たしているのです。
場を清め、心を繋ぐ「香」にまつわる仏具