葬儀における焼香の形式は、立礼焼香だけではありません。伝統的な形式として「座礼焼香(ざれいしょうこう)」、そして会場の規模や状況に応じて行われる「回し焼香(まわしじょうこう)」が存在します。これらの形式と立礼焼香は、どのように異なり、なぜ現代では立礼焼香が主流となったのでしょうか。「座礼焼香」は、その名の通り、畳敷きの和室などで行われる、座ったままの姿勢で行う焼香作法です。参列者はまず正座をし、焼香台の前まで膝を使って進み(膝行・しっこう)、焼香を終えた後も膝を使って後退します。これは最も丁寧で格式の高い作法とされていますが、足腰への負担が大きく、現代の生活様式には馴染みにくい面があります。寺院での本堂での葬儀など、限られた場面でしか見られなくなりました。「回し焼香」は、会場が狭い場合や、参列者が非常に多い場合、あるいは高齢者や体の不自由な方が多い場合に行われる形式です。これは、参列者が席を立たず、香炉と抹香が乗ったお盆を、隣の人から順番に回していく方法です。移動の必要がないため、時間短縮と参列者の負担軽減に繋がりますが、一人ひとりが祭壇の前に進み出るという儀礼的な側面は簡略化されます。これらに対し、「立礼焼香」が現代の葬儀で主流となった最大の理由は、その「合理性」と「普遍性」にあります。斎場やセレモニーホールの普及に伴い、葬儀の会場が畳の和室から、椅子席の洋室へと変化したことが、その直接的なきっかけです。椅子席であれば、座ったり立ったりする動作が容易であり、参列者の身体的な負担も少なくて済みます。また、立礼焼香は、座礼焼香の持つ「祭壇の前へ進み出る」という儀礼的な丁寧さと、回し焼香の持つ「スムーズな進行」という効率性の、両方の利点を兼ね備えています。多くの参列者が、定められた時間内に、故人への敬意を失うことなく、滞りなく焼香を済ませることができる。このバランスの良さが、現代の葬儀形式に最も適した形として、広く受け入れられている理由なのです。
座礼・回し焼香との違い、なぜ立礼が主流なのか